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個別記事の管理2018-02-19 (Mon)
こんにちは、まかない婦です。

今日妹と交代するために酒屋に来た時、テーブルの上にバナナが二房のっていました。妹が小さく
「弁当にバナナ」と言っています。

昔本当に弁当の代わりにバナナを一房渡されたことがあります。やっちゃった人は今は亡き祖母です。

バナナは特に好きでも嫌いでもなかったのですが弁当の代わりになるのかな?しかも重いし・・・(。´・(ェ)・)

結局他人と違うことをするのが大好きだったひねくれ者のまかない婦はそれ持って学校に行きました。

弁当を一緒に食べるような友人もいなかったし多分黙々とバナナを食べたのだと思います。あまり覚えていません。

ただこれだけははっきりと覚えているのです。おなかがいっぱいになっても心は満たされなかったことを・・・

脳のどこかの部分が『これは違う、なんか違う』と不平を言うのです。よって満足からは程遠いお昼ご飯になりました。

祖母もあまり常識にとらわれない人だったので、今考えればかなりおかしいお弁当を持たされたことがあります。

例えばスポンジケーキワンホール、おかずがハムだけ(ハムの量は充分)、おかずがコンビーフ1缶とソースなどなどです。これって変だよね?

そんでもってバナナ一房昼飯に食うってゴリラ?

そういえばおかずに肉が多いところから中学生の時に『獣人ゴリラマン』というあだ名をつけられていました。これって女の子には結構きつくない?

なんか昔の思い出にろくなものがないまかない婦です。
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個別記事の管理2018-02-09 (Fri)
こんにちは、まかない婦です。

金沢の雪一応降りやみました。ですが積雪のため物流が乱れに乱れています。

今日もクロネコさんから北陸三県への荷物が滞っている由を知らせてきました。

ですがそんな中、輪島からお酒が届きました。ゆうパックです。郵便局偉い。

そういえばまかない婦が山小屋で働いていたころあんな山の中でもちゃんと郵便の配達があったのです。片道最低でも3~4時間はかかる場所に普通の郵便料金で手紙や小さな小包が届けられるのはすごいことだと思います。

ですが一度桧枝岐村の郵便局から小包が届いているから取りに来るようにと連絡が入ったことがありました。日帰りで行って帰るのもまかない婦の実力ではかなり難しい場所です。無理にお願いして小屋までもってきていただきました。

思えばかなり無茶なお願いでしたが郵便屋さんは持ってきてくださったのです。

そして届いた品物を見てまかない婦は絶句しました。

友人の一人が海外旅行のお土産を送ってくれたのですが、それがコンセントにはめるアクセサリーでうっすら明かりのともるきれいなものでした。

でも、でもね、山小屋に電気来てませんから。自家発電で必要な時間だけ電気がともっているだけなのでまったく使えません。

ああ無情・・・

そういえばまかない婦が山小屋で働くことが決まった時叔母が餞別にとポータブルテレビをくれたのです。あのね、くどいようですけど電気来てませんから。そのうえ衛星放送しか受信できなかったですよあのころ・・・

もちろん叔母にはそう説明したのですがせっかく買ったのだからと説得され、全く使えないのを承知の上で山小屋にテレビ持ってったわけです。

そのため尾瀬の山小屋一帯で『今年の従業員にテレビを持ってきたやつがいる』と噂になったようです。

えっ、そのあとどうしたかって?一月ほどたってどうしたって使えないので町まで行くついでに持ち帰りましたよ。その途中でも背負子さん(歩荷ともいわれる荷物を背負って届けてくれる職業の方です)に
「テレビ持ってきたってのはあんたか?」と呆れられました。

哀しい昔話です。

つくづく郵便局ってすごいと思うまかない婦です。脱帽。

あっ、背負子さんもすごいです。


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個別記事の管理2017-11-13 (Mon)
こんにちは、まかない婦です。

今日も新しいパソコンを使ってみています。若干キーボードの形状が変わっているので時々ミスタッチしてしまいますが使い方はほとんど変わらないので良かったですよ。

何しろ年が年なので新しいことにチャレンジするのは面倒くさくなっています。ずーっと変わらず状態こそが安らぎです。

そうそう先日義妹と話していてよく聞き取れなかった言葉があったので
「あんた、なまってるねクイントリックス。」と言ってみたら大うけされました。
「そんなこと言っても誰にもわからんわ。」だそうです。そうかもしれません。

『象が踏んでも大丈夫』の筆箱とか『見えすぎちゃって困るわー』のマスプロアンテナ、『あたり前田のクラッカー』なんて懐かしいですよね。『100人乗っても大丈夫』のイナバ物置は今でもあのCMやってるのってちょっとすごいです。

そういえば地元の造り酒屋の福光屋さんのCMキャラクターのフクちゃんですけど、あのキャラクターの日本手拭いが東山の福光屋さんのお店で販売されているそうです。それちょっと欲しいかも・・・

『フクちゃん、福正持ってきて 』って懐かしーわー。

そういえば黄桜の宣伝のちょっとエッチな感じのカッパさん、あれ復活しないかなー?

『かっぱっぱ ルンパッパー かっぱ黄桜本づくり~』だったかな?昔のCMもそれなりに面白かったですよね。

トリスウイスキーの子犬のCMなんて本当に良かった。

あとこれはそんなに昔じゃないけどペプシコーラの桃太郎のCM、巨大な鬼(コカ・コーラ)に立ち向かう勇者?スケールでかかったよね。また新作が出てるっていうことらしいけどちっともお見掛けしません。金沢では放送しないのかしら?だとしたらとても残念です。

CMにも結構面白いものありますね。
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個別記事の管理2017-09-28 (Thu)
こんにちは、まかない婦です。

昨日従妹から栗きんとんのお供えが届けられました。早速お礼のメールを送りました。『栗きんとん届いたよ、ありがとう。今墓参りの帰りにカクテル🍸をいただいています。✌』

すると速攻で返事が返ってきました。『洗面器みたいなマルガリータけ?(笑)』

その返事を見てふと笑ってしまいました。そういえばそんなことも有ったよね。まかない婦が東京に住んでいたころこの従妹と2度ほどメキシコ料理居酒屋へ行ったのですが、そこのマルガリータが大中小とサイズ違いであり、小はカクテルグラス、中はブランデーグラス、大は本当に洗面器サイズでした。いや、金魚鉢?

酒に強いことにやや天狗になっていたまかない婦は中のマルガリータを頼んだのです。するとすぐそばの席の外国人の男の人も中のマルガリータを飲んでいました。ほぼまかない婦と同じペースで飲んだ外国人に密かに闘志を燃やしもう一杯中を頼みました。

当然次も中のマルガリータを頼んだ外国人にやや遅れを取ったのに焦りながらなんとか2杯目をクリアし次のマルガリータを頼もうとしたとき、マイライバルが洗面器のマルガリータを注文したのです。オワタ。マケタ、負けました・・・

天狗の鼻をへし折られたうえ、相手はまかない婦のことなど眼中にもなかったでしょう。カ・ン・パ・イです。あっ、乾杯ではなく完敗の方ね。

遠い昔のほろ苦く懐かしい思い出が従妹のメールから染み出してきたのです。従妹と過ごした東京での日々、いろいろあったし楽しかったです。

そんないろいろなパーツで今の自分ができているのだなあとかみしめ笑ったラウンジでのハッピーアワーでした。

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個別記事の管理2017-08-13 (Sun)
こんにちは、まかない婦です。

今日お昼御飯にホイル焼きならぬホイル蒸しを作りました。ジャガイモ、玉ねぎ、豚ひれ肉をホイルに包み蒸し器で蒸しあげたものです。

これって焼いても良いのですが、焦げたり生焼けだったりと難しいので蒸しあげてしまえばすべての問題が解決しそうに思いました。

結果、焦げもなくしっかり火が通ったばかりではなく肉もしっとりと仕上がったようです。以前同じ肉をソテーした時に焼き縮んでぱさぱさだったと毒舌妹にアドバイスされました。そうアドバイス。次にはもっとおいしいものを作るための貴重なご意見です。

ほぼほぼ思う通りに出来上がったホイル蒸しを見て昔を思い出しました。そういえばお金の無かった東京時代よくホイル焼きを作りました。野菜も肉も一度に摂れてこの一皿だけで充分食べごたえがあったのでよく作ったメニューです。

モヤシやカボチャなどでもいいし余った野菜で作れるのも食材が傷みがちな一人暮らしでは便利なメニューです。何より材料費もかかりません。

何せ金がなかったので肉は希少な食材でした。ある時豚の薄切り肉を傷ませてしまったことがあり、もったいなくって長時間茹でて冷しゃぶ風に食べようとしたことがあります。

腹を壊しはしませんでしたがちっともおいしくはありませんでした。わら半紙を食べているみたいなと言えばわかるかな?てか、わら半紙食ったことないけど。

そして思えばわら半紙自体最近お目にかかったことがないです。ひょっとして絶滅危惧種か?

思えば遠くへ来たもんだ~あーこれも知らんよね。(〃▽〃)

それにしてもあの頃本当にお金がなかった。栄養士の専門学校で何度目かの学費をようやく払ったとき年下の同級生たちに歌舞伎町で体を売ったのかと聞かれたものです。学校新宿駅のそばだったし、同級生たちとよく歌舞伎町で遊んだものです。

懐かしいな、みんな元気にやっているだろうか?ホイル焼きならぬホイル蒸しから一気に過去に巻き戻された今日のまかない婦でした。

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